ニュース
News

2017年9月14日トピックス

技術者インタビューシリーズ 第1回 石橋一朗氏

バイオマス発電所プロジェクト シニアコンサルタント/電気設備

 

海外プロジェクト転戦25年  イラク・サウジアラビア・東南アジア

オリンピアの再生可能エネルギー事業には、社内外の技術専門家チームが携わり、信頼性と確実性の高い発電設備設計に取り組んでいます。オリンピアがファイナンスとコンストラクションに関するマネジメントを務めたメガソーラー発電所5箇所の開発に携わり、同社のバイオマス発電所プロジェクトでも電気系統などの設備監修を行っている電気主任技術者・石橋一朗氏に、これまでの経歴や同プロジェクトについてお話を伺いました。

 

 

 

 

石油精製・石油化学・原油生産装置の電気設備設計・製作に従事 

──お仕事の経歴と専門分野について教えてください

電気工学科を卒業後、総合機械メーカーである(株)新潟鐵工所に入社しました。日本石油(株)から工務部が独立した会社で、石油精製、石油化学工業のプラント設計、製作、建設の分野では、日本における草分け的存在でした。また、ディーゼルエンジン製造のメーカーでもありました。入社後は化工機事業部に配属され、石油精製、石油化学、原油生産装置等の様々なプラント建設の分野で電気設備の設計、製作、建設に携り、定年まで勤めました。

──石橋さんが入社された頃、日本はまさに高度経済成長期でした。当時どういったお仕事を手掛けられましたか

入社当時は、国内の装置産業の空前の建設ラッシュで、当時の皆様と同様、寝る暇を惜しんで働きました。国内の建設が一段落した後、日本の技術レベルが世界水準に並び、日本のプラントメーカーは海外プロジェクトへと打って出ました。私もインドネシア、マレーシア、イラク、サウジアラビア、アブダビ、カタール、ソ連、中国と25年近く転戦し、プラント建設を手掛けました。海外より帰国後は、国内及び東南アジアのディーゼルエンジン発電、ガスタービン発電のコ・ジェネレーション(電熱供給)事業等に従事しました。自国の高度成長時期であったことで、私自身も非常に多くのプロジェクトに係わることができたと思います。

──25年という長い海外赴任で経験したことや苦労したことがあればお聞かせください

海外で苦労したのは、日本の工業規格で有名なJIS、JEC、JEMとは別に、IEC、BS、DIN、VDE、API、NFPA、NEC、MEMA等、各国または各地域に一流の規格というものがあり、その壁の水準が高いことでした。特に、人間に対する安全確保の要求レベルにおいて日本と世界とでは差がありました。クライアント及びコンサルタントの承認が得られない場合、仕事が進みません。殆どのJOBで納期遅延のペナルテーが有りましたので、製造メーカーへ出向き仕様変更、改造を行いました。

 

潤滑油装置、タンクヤード・ポンプ基地、発電設備を建設

──石橋さんが最も思い出に残るお仕事について教えてください

携わった仕事はどれも思い出深いものばかりですが、3つほど述べます。

① イラク ダウラ製油所(Daura Refinery) 潤滑油製造装置

イラクの首都・バクダットの20km 北西にあるダウラ製油所の、潤滑油装置の設計、製作、建設工事に参加しました。受注活動でバクダットに乗り込み、技術交渉、価格交渉の末、受注に成功したものです。商社は丸紅で、現在の金額で2,000億円ぐらいだったと思います。

潤滑油装置は、真空蒸留装置、フルフラール(芳香性油状液体)抽出装置、ワックス製造装置、潤滑油製造装置、アスファルト製造装置、そして関連装置を含め、7つのプラントを建設しました。

その頃、イラクはサダム・フセイン大統領が実権を握っていました。国内は道路、病院、学校、発電所等の建設に沸き、どこでも安全で、暑さを除けば快適でした。イラクがおかしくなったのはイランとの戦争の後です。

装置の完成には3年を要しました。試運転が完了した後、建設作業員のインド人とパキスタン人約1000人、日本人の500人を国へ返しました。私は、プロジェクトスタッフの最後の日本人を空港で見送った後、1年間、一人でギャランティーエンジニヤとしてイラクに残りました。ワックス(蝋)やアスファルト等は粘性が高く、回転している機械が故障し、そのたびに日本からメーカーの技術者を呼んで宿泊、送迎、食事、安全確保などを行い、苦労したのを覚えています。

イラクの国民は日本について、「有色人種の誇りであり、世界の一流で、我々の希望である。尊敬している」と言ってくださり、たいへん親日的でした。建設した装置は戦争の影響もなく、現在も無事に生産を続けています。

 

② サウジアラビア アル・コバール プロジェクト

サウジアラビアの東海岸地区にアル・コバールという町があります。サッカーで馴染みのあるバーレーンの対岸に位置する町です。このプロジェクトは同国東部地区の開発が目的で、一番大切な飲料水の供給、電力の供給を行う一大プロジェクトでした。

まず、1000 MWの発電所をバブコック(米)、シーメンス(独)が建設しました。スチームタービンの出口よりスチームを取り出し、この熱で海水を蒸発させて純水を作ります。この海水淡水化装置はフランスのSIDEM社が担当しました。飲料水のパイプライン(200Km)はフランスのSPIE社が担当しました。そして、サウジの東部地区の7つの都市に設置するタンクヤード(タンクは合計で57基)とポンプ基地を日本側(現地法人:タミミファード・ニイガタが受注、新潟鉄工所1社で建設)が担当しました。

建設には3年を要しました。運転、保守要員教育のために訓練校を作り、6箇月間、教官として各機器の原理、仕様、運転方法、分解組立、部品交換等の講義と実習を行いました。そして、主に発電所を含め、各電気機器の原理説明、交流理論、故障計算、部品取替等、オン・ザ・ジョブ・トレーニングを丁寧に行いました。最後に試験を行い、係長や主任等を選出しました。帰国時には大勢の生徒が飛行場まで来てくれて、別れを惜しみました。

 

 ③ 発電設備 日本国内、東南アジアにて

海外より帰国後、日本国内、東南アジアの発電設備の仕事を行いました。主に5MW程度のディーゼル発電設備及びSolar社のガスタービン発電設備1~3台程度を大阪ガス、各種の工場、全国の製紙会社等、熱を使用する各社に納入し、系統連系を行って運転してもらいました。

また、離島発電の仕事にも関わりました。佐渡の相川火力発電所に単機で10MW(世界最大級)のディーゼル発電機(2号機)を納入したプロジェクトは印象的でした。また、シンガポール水道局の仕事で5MW×3台の非常用発電設備を、マレーシアのジョホール川岸に建設したことも印象に残っています。

 

保守用保安規定など作成綿密に 優秀人材による安全な運転を

 ─現在オリンピアはバイオマス発電所の開発を進めております。この発電所を建設するにあたり、ご自身の専門分野において気になる事や留意されている点について教えてください

今プロジェクトにおいて、私は常識的な要求仕様書を発行しました。メーカー側は総工費を低く抑えることに苦労しているようすです。日本は東北地方の復興、オリンピック施設の建設等で土木、建築工事、及び機器据付工事、等が高騰しているためです。メーカー(EPC業務契約者)は日本の超一流メーカーですので各機器の品質、性能は問題ないと思います。但し、発電所の運転は始動ボタンをONすれば全て自動で電力を電力会社側へ送電出来るものではありません。特にバイオマス燃料の場合、重油、天然ガス燃料と違い個体を輸送しボイラーで燃焼しますので、運転員の操作、監視が重要になります。そこで次の様な事項に注力します。

1)安全運転のための運転要領書の作成(メーカーの協力が必要)

2)保守用保安規定を注意深く作成する(メーカー及びO/M会社の協力が必要)

3)各機器の工場立会検査にO/M(運転/保守)会社の実際の担当者を派遣して検査、試験、操作説明。メーカーの設計者、品質保証担当者等と面談してトラブル時に敏速に相談できるルートを作る

4)メーカーには納入仕様書、図面、試験要領書、試験成績書、運転要領(写真入)、取扱説明書、等を提出していただく。トラブルシューティング(不具合箇所の特定・対処)書類の充実をメーカー側に求める

以上です。

──お話ありがとうございました

(2017.09.09